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The sweet day on the first

The sweet day on the first:火アリ/パラレル


おかしな夢を見た。
自分の頭上から幾度となく降ってくるもの。
ボトッボトッと重たい音をだして地面に着地するそれ。
甘い匂いがした。

(あ……お菓子…や)

様々なお菓子が自分の足下に落ちてくる。ときには頭にケーキが落ち、生クリームが
髪の毛に絡み付く。スコココーンと効果音がでそうなぐらいクッキーも落ちて来た。

(うわっ。うまそう………)

意地汚いとも思ったが目の前に落ちてくるお菓子を見ている内に、手にとって食べたくなった。
どうせ夢なんだから……そう思った瞬間、アリスは無我夢中でお菓子を口に放り込む。うまい。さすが俺の夢!などと意味の分からない事を思いつつケーキにクッキーにチョコに得体のしれないものにまで手をだす。
いつしかお菓子に埋もれ、窒息しそう…でもうまい!と豪語する中、目が醒めた。

 

「………お菓子に埋もれて死ぬのはいややな……」
ベットから起き上がりもせず目を半分あけた状態でぼそりと呟く。
私、有栖川有栖。推理作家。昨日の夕方に脱稿して倒れ込むようにベットに就いた。
しばし徹夜が続いてたのだ。
そして、お菓子な……いやいや、おかしな夢を見て今目が醒めたのだ。

「なんや、甘ったるい夢やったな……」
上半身だけを起こしまだ夢うつつな私はぼーっとしている。
まだ時差ぼけがあるようだ。少し寝過ぎたようでまだ頭が回らない。

「ああ、そうや。仕事のしすぎで体が糖分を求めとんのやな……」
疲れた体には糖分が一番、と学生時代に云っていた自分の言葉を思い出す。あの頃は金がなく安い麦チョコで補っていたもんだ。


結果を出した所で私はコーヒーを飲みに行く為ベットから出る。やはり寝過ぎたようで足下がふらふらと、まるで酔っ払いのようにキッチンに入る。下がっていた血が上がってくるのが分かる。この瞬間がーけだるのだがー実は好きだ。
固まっていた血液が順々に身体に回ってくる。
まるで外国の古い洋館にあるような湯ヒーターのようだな、と思う。
………しばし健康診断にもいっていないので行ってみた方がいいのだろう。


11時過ぎか。朝兼昼食でも食べようかと考えながらカップにコーヒーを入れる。
カップに口をつけた所でキッチンにある子機が鳴った。
仕事の電話がかかってこない時間帯なのでー最近では重要な用件でもなければもっぱらメールだー
もしかしたらと思い、子機を手に取る。

「はい」
『俺だ。起きていたか?』

案の定火村からだった。
私は彼のフィードワークに時折、助手と云う名目で参加している。
てんでなっていない私の珍推理で火村を「行き止まりはあっちです」と導くという、云ってて情けない助手である。
こんな私でも役に立っているのかと自分でも疑うぐらいだ。
いつも殺人現場で会う船曳警部には苦笑の笑みを浮かべさせてしまっている。
今日もそのフィールドワークのお誘いだろうか?

『今、資料を見せてもらいに大阪府警に来てるんだ。予定していた時間より早いが
ついでに昼飯でも食わないかと思ってな。先生』
……予定……?
火村と何か予定を組んでいたか……?
『…………お前なぁ……』
火村が深いため息をつくのが分かる。

『原稿はもう仕上げたんだろう?』

もちろん。急ピッチに進めて、脱稿している。予定を組む時は自由業の方が割かし融通がー自己管理ができればーきく。
だから急ピッチに進めて、脱稿して、変に甘ったるい夢をみた。

「あ、あ……忘れてへんよ!何を疑ってんのや、君!」
どう考えても責め立てられるのは私の方なのに火村を責め立ててしまった。
そう、あの夢は甘ったるいのが好きな助教授の為に美味しいケーキでも買ってきてやろう
というのを暗示していたのだ。めちゃくちゃうまいやつをいらんというまで食わせたる、と云ったんだった。正に夢の通り。
ー私が食べてどうする……ー

『アリス。俺、ここで待ってる』
「……はい。すぐにお迎えに参ります」

今日は火村の誕生日。それを祝うべく夜に予定をいれていたのだ。
毎年お互いの誕生日を祝って酒をかわす。何年も続いた事なのにうっかりしていた。
助教授の御機嫌を損なわないようにさっさと服を取り替え、愛車に向かう為玄関に腰を下ろしたところで匂いが鼻についた。

ー甘ったるい……?ー

なぜか自分の部屋が甘ったるい、あの夢のような甘い匂いがする。

ーなんか甘いもんでもあったやろうか?ー

そんなものは確かないはず、と思いながらスニーカーを足に引っ掛けて外に出る。
…車中の中でもなぜかその甘い匂いはしていた。


大阪府警に着くと車を特定の駐車場に停めて外に出る。
火村のいる場所は知っているから構わず中に入ろうとした時、知っている顔に会った。いつもアルマーニを愛着しているハリキリボーイの森下君だ。にこやかに挨拶してくれる。

「あ、有栖川さん!お疲れ様です」
「こんにちは、森下さん」

事件現場で会う時も必ずにこやかに挨拶してくれる。その後はぴしゃりとはりきり顔に戻るのが印象的でつい可愛いなぁと思ってしまう。
警部の後を子犬のように走り回っているのも姿もそう思ってしまう。
ーそう思うのはちょっと不謹慎かもしれないがー

「火村先生に言付けされていますので御案内しますね」
火村にもそういう扱いをされているのか………。
じゃ、お願いします。と、私の頭半分ぐらいの身長差の彼と歩き出す。資料室は人気のない廊下の突き当たりだ。

「…あの…有栖川さん。オードゥトワレか何かつけています?」
「え、いいえ。つけていませんよ?…匂います?」

汗臭いとかそういう類いだったら臭うだろうなぁと思った。
なんせ慌ててきたので風呂に入っていない。
何か云われたら風のように飛んできたんです、とでもいっておこう。

「いや、なんか甘い匂いがするんでオードゥトワレでもつけているのかなぁって……」
「はぁ、甘い…ですか…」

あの時、自宅の玄関で嗅いだ匂いだろうか。確かに車中でもしていた。
自分以外の人間がそう感じるということは確かに匂いはするのだろう。でも何故?

「私もなんかそんな匂いがするんです。なんででしょうね?」

服かな?と私は云い袖を嗅いでみる。匂いはしない。森下君も鼻を近付けてくる。
いや、有栖川さん、といいながら森下君は私の腕を掴んだ。

「しますよ。腕から」

私のー職業病とでもいうのかー白く華奢な腕に鼻をくっつけながら森下君は云った。
オードゥトワレじゃないしなぁ…なんだろう…とぼやきながら私の腕を見ている。
……森下君と私の身長差も手伝ってかさっきからすごい光景だ。思わず後ずさってしまう。
そんな事もお構い無しにはりきりボーイは私の腕を掴み離さずとうとう反対側の壁まで私の肩が
あたってしまった。

「あの、森下さ……」

さすがに躊躇してしまい離してもらおうと呼び掛けた時にそれは起こった。

がぶり、と。

効果音をつけて確かにがぶり、だ。
腕に、森下君が、いや、森下君の口が「がぶり」とくっついている。
叫びにならない声と云うものはこういうものなのだろう。
もちろん噛みついてもらうような趣味はー同性にも異性にもー持っていない。

「………っ」

そして思わず、本当に思わず反応してしまう。
私の腕に噛みついている口が熱くて、その熱を直に感じてしまう。火村とは違う熱が今、私に伝わってくる。

「やめ…」
「止めなさい」

ドン、と私の腕に噛み付いてる森下君の頭に辞書並みの厚さがある資料本が落とされる。
火村が立っていた。助かった。

「じゃ、それ返しておいて下さい」

怪訝そうな顔をした森下君に火村はそう告げると私の腕を掴み出口へと足を向ける。
しばし放心状態だった森下君も我に返ったのか、有栖川さん!申し訳ありません!と
大声で云って頭を下げている。
そして、確かに甘かったなぁ…とぼやいていた。

「お前は噛み付かれるのが好みなのか?」

車に乗り込んだ所で火村は少し真面目に、そして大いに怒りを示して聞いてくる。

「そないなことあるわけないやろっ!俺だってびっくりしてるわ」

ほら、まだ跡残ってる、といって火村に噛み付かれた腕を見せる。

「思いっきり「がぶり」とやられたわ~」
「…なんでだ?」
「…なんや、甘い匂いがするゆうってて……。森下さん俺の腕掴みながらみとったん。
そしたらがぶり、と」
「ふーん。で、気持ちよく陶酔していたわけだ」

怒ってる。しかも良く見てる。

「陶酔なんてしとらんって!俺が一番訳分からんもん!」

火村が来てくれなかったらどうなってただろうと、考えただけでも頭が痛い。
熱に中られてあれやこれやと進んでしまったんだろうか……。
自分の頭を横にブンブン振る。そんなことはありえないと。

「うち行くで」
「おい、昼飯は?」

そんなんうちで作ればええ、といいながらエンジンをかける。
もしかしたらまた噛み付かれるかもしれないと思うといても立ってもいられない。
早く家に帰って風呂にでも入ればこんな匂いなんかなくなるかもしれないとも思っていた。
走ってる最中、火村が確かに甘いな、と云っていた。

 

 
マンションに着いた。
じゃ、俺は風呂に入ってくる、と火村にいって浴室に行こうとすると
肩を掴まれた。

「確かにお前、甘い匂いするな」
「だからそれ、落としてくるんや」

別にオードゥトワレをつけているわけではないんだろ?と火村は云うと俺にも噛みつかせろと云う。

「……変態」
「誕生日なもので」

うう、そうやった…。
昼の電話のやり取りがあるので私は申し訳ないと思っていたのだ。
そ…そのぐらいなら、火村だったらまぁいいだろう。

さっき森下君に噛み付かれた所を火村はしげしげとしていた。
確かに甘い匂いがするな…といいながら触れるだけの口付けを落とす。
顔を上げて、自分の唇を舌でぺろりと舐めるとちょうどいい甘さ、といって私の顎を軽く掴むとこっちはどうだと云ってキスをしてくる。

確かに甘い。
だんだんこの甘さに陶酔していく。
いつも思うのだがこの男はなんてキスがうまいんだろう。
甘くなくったって十分陶酔させられる。

服は剥がされ、体中に火村の唇を押し付けられる。
愛撫とは違った意味で、甘さを確かめるように。
まるで食されている。

火村は既に両腿の間に頭を埋めていて骨のない、一番柔らかく、時に堅く膨張する私を口に含めて甘さを楽しんでいた。

「アリス、すごいぜ。ここははちみつだ」

そこまで甘いものになっているのか、と陶酔する頭で思う。
私はこの助教授に食われて死んでしまう、そんな錯角を覚えた。

 


そしてその日はセックスするー挿れるーわけでもなくその甘さをまどろんだ。
もう精魂果てたと云うか…精子工場長も休暇届けをだしたらしい。だすものはもうなにもない。

ただ助教授は素晴らしい誕生日だったといって満足していた。そんな彼を横目にははは、と乾いた笑いを出す。
とりあえず何か食べなくてはと思いキッチンに入る。
(風呂にも入らないといけないな…)
もう私から甘い匂いはしなかった。
一日限りの「甘い日」だったらしい。

ー助かった…ー

 

 

それから数日後、私の誕生日がやってきた。

『…………甘くなった』
「は?」
『だから、甘くなった』
どうやら今度は火村が甘くなってしまったらしい。

「ん。今からそっち行くから、俺みたいに噛み付かれん様にじっとしててな」
『………………』

私の誕生日も素晴らしい日になりそうだ。

 
 

「The sweet day on the first 」05/04/15