NOCHE

「作家と助教授と煙草と」 火アリ

「火村、１本くれ」
煙草を常に吸わないアリスがたまにこういう風に云っては
貰い煙草をする。
「たまには自分で買ってきたらどうだ？」
貰い煙草などせず常にもっていれば吸いたくなった時に周りからくすねる事はないだろう。
「いやや。こういう時に吸う煙草がええねん。自分で持っておったら多分
ずーっと引き出しの中でおねんね状態や」
こういう時と云うのはどういうときなのだろう？
とりあえず煙草とライターをアリスの方へ放る。

アリスは煙草を１本加えてカチッとライターを鳴らす。
少しだけ吸い込んでフーと吹き出す。

「たまに吸うのがええんや」
そういうとコーヒーを取りにキッチンに向かう。
くわえ煙草をしながらマグカップにコーヒーを注いでるアリスは
少し男前だと思う。
ー中性的な印象ー外見の幼さーが強いアリスはそれをいつも気にしているー
普段そんな姿は見られないのだからだろうがこれで中々様になっている。

「ふ～ん。たまに、ねぇ……」
常に煙草を持っているヘビィスモーカーの自分にはたまに、はありえない。
（俺はヘビィスモーカーでもありチッパーでもあるわけだ…）
ニコチンから快楽を引き出す事も出来て、限り無く吸える。
くくっと笑う。チッパーの人間はアリスだな。と思ったから。

「何、笑っとんのや？」
気持ち悪いで～と二つのマグカップを持ってアリスが戻ってくる。
もう煙草はくわえてなかった。

「で、何に笑っとったん？」
俺にカップを差し出しながらアリスは立ち飲みをする。

「俺はヘビィスモーカーでアリスはチッパーだな、と思ったら笑えた」
「はぁ？なんやねん、そのち…ちっぱぁって……？」
「正確にはChippa。本来は時々麻薬をやる奴らに使われていたものらしいが、最近では喫煙者
にもこのあだ名がつくんだそうだ。まぁそのチッパーの定義からはアリスは外れるが
時々煙草を吸ってはそのニコチンの快楽だけを引き出す事ができるという素晴らしい能力だ」
「…何が、素晴らしい、や。そう思うんやったら君がそのチッパーとかいう奴になればええんちゃう？」

アリスは馬鹿にしとるんか、といった顔をする。
やがて何かを思い出したかの様に俺の方に駆け寄ってきてソファーに座る。

「なぁ、今ので思い出したんやけど、ヘビィスモーカーの人種とやらは外向型らしいで？社交的で
多くの友人を持っていて、いつも話し相手を必要としてる。発作的、衝動的、攻撃的ですぐ自制心を
失う傾向なんやて。それと……確か性的衝動がかなりあるんやって。君はどんな素晴らしい外向型を
もってるんや？」
先ほどの復讐にでも狩りでたかの様ににやにやしながら俺に問いてきた。

「俺の友人ならたくさんいるじゃないか。ごろごろ毎日起きている。それに出向いている
俺は十分社交的じゃないか？話し相手ならその現場の人間が相手になるしな。
発作的、衝動的、攻撃的、自制心なんてものは人間が常にもっているもので
喫煙者とは関係ない。性的衝動だってそうだ。そもそも人間の理性とやらをなくしたらそれしか
残らないんだから一概に喫煙者だけとはいけないはずだ。それに俺は思春期のガキか？
煙草の力を借りる程、俺は」
「よくもまぁ……」

アリスはお手上げと云う感じで両手をあげた。

　

お互いにソファーに寄り掛かる。
俺が吹いている煙草だけが空中をただよっていてそれを見ていた。

「なぁ火村。君は他人にどう思われても構わなんとかってあるか？」
「もちろん」
「へへ、火村は正直や」
妙な笑い方をするな、とアリスを小突く。
「悪い悪い。つまりさっきのはちょっといじわるな言い方やったけど、個性的なんや、と
いいたかったんやて。喫煙者にはそういう特徴があってな、かっこいいんや。火村は。
正確には煙草を吸う火村がな」

それじゃ、煙草を吸っていない俺はかっこよくないと云ってるのか。
どうでもいいが。

「ちなみに喫煙者の特徴の一つで正直と云うのもある」
「っていうことはアリスは正直じゃないんだな？そりゃそうだ。書き物、しかも推理小説を
書いている人間が正直じゃ話もつまんねーしな。
これからチッパーになるのも止めた方がいいんじゃないか？
本が売れなくなるぞ。だんだん依存していくからな。チッパーは。
そして俺みたいな立派な正直者になるのさ」
「……人がせっかく誉めたたえてやってるちゅうのに……」
「失礼。お返しに返すぜ、アリス」
お互いが顔を見合わせて笑いが込み上がる。

　

すっかり冷めたコーヒーに口をあわせると少しキャメルの味がした。
今まで自分がくわえていた煙草なのだから当たり前なのだがここでふと思った。
煙草をくわえたアリスを見て思った事は先ほどの話から案外外れていないのかもしれない。
時々見るアリスの男前さにかっこいいと自分も思ったのだろう。
アリスがいったように。
そしてアリスが云った「こういう時」というのは自分が煙草を吸っている時なのだろう。
彼の云うーかっこいい俺ーを見て「粘り」を感じる。

（まるで思春期じゃないか……）

十代の喫煙が増える傾向は大人が吸う煙草のかっこよさー煙草を吸う事は反社会的で
興奮を求める事etc＝外交的ーに惹かれるという。最初はチッパーだけで済ましていたものが
常習制を増してきてニコチンの粘りに異常に反応することになる。感染病のごとくそれが
広まるのだ。ただ個人の最初の一服がそれほど良いものではない限りチッパーで留まる
こともある。一概にすべての人間が煙草を吸ったからといってヘビィスモーカーになりうる
という事はないそうだ。

（それじゃ、アリスの最初の一服は最悪だったのだろうか？）

その最初の一服が余りよくないとおもわれる友人は窓をあけて換気をしている。
ぼぉとしている姿は先ほどの男前さが少しないような気がした。

「アリス！さっきの話だけどな…お前も十分個性的だぜ？特に推理が」
「な、なんやねん！その最後の「特に推理は」って……！」
拳を振り上げるフリをして駆け寄ってくる。

「まぁまぁ。お互い個性があっていいじゃないか。作家のお前と助教授の俺と
その間にある煙草。どう頑張ってもどれにも成り得ない」
「ラクダくんにはなれなくても俺がお前になれるちゅうことはあるやんか」
「いや、無理だな。助教授になる為にはこの煙草を吸わなきゃならない」
「なんでや？」
「それが俺だからだ」
必需品だぜ？とキャメルを手に取る。

「そうやったら、君が俺になるには推理小説が書けなきゃいけないわけだな？
うっわ～、めちゃくちゃ書けそうや！君！」
たまにみれるアリスの男前さは自分の中に留めておこう。
「なぁ、さっきの一服はうまかったか？」
「ん？うまかったで？」

そうか、というと１本煙草を取り出す。
彼が口にする煙草を自分が常に差し出せれば良いな、と思う。