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■ぼー麻衣「染まるよ」

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ぼー麻衣


2009年12月冬コミで出したぼー麻衣小説です。ジーン麻衣前提。ぼーさんの包容力は半端ないよ!きっと!と思いながら書いてました。字書きじゃない人が文章を書くと半端ないっす…可笑しなところはスルーして貰えると嬉しいです(^ω^)






「それは……とても良い事だね」
ジーンはそれをとても正確に、規則正しく云った。一つ一つの言葉を確かめるように、正確に正しく。
「そうだね。とても良い事だね」
繰り返し云ってみても、自分の言葉にならない所がとても良いと麻衣は思う。
肯定されて、「良い事」というのを再確認する。
そう響く、ジーンの言葉は正しいとも。


ジーンとはとても正しい恋をしたと思う。


***

滝川はアプローチがうまく、それでいてとてもずるいと麻衣は思っていた。
好意という言葉を武器にすればきっと誰でも掴めるだろうし、その相手が少しでも本気になればうまく誠実に逃れるだろうと。
実際に、滝川は同年代の友人達に訪れるであろうその感情に便乗し、上手くあしらいながらも誠実だった。そして例外は無く麻衣にも。
子供扱いをして欲しいわけではないが、そういう駆け引きには乗れない。どうしても正直に出てしまう。
だたそれは、言葉に出来ない何かを否定したくないだけの意味を持つもので、何の効果もない。ため息として吐き出される物でしかない事を麻衣はよく知っていた。

SPRに入ってから三度目の秋を迎え、麻衣は慌しい時期を送っている。といっても慌しいのは学友達で、更に時期は去年。高校二年生の頃から本格的に始まっていたのだが、麻衣は進学はしない事になっていた為、傍から見る学友達のその慌しさを感じながら過ごしていた。
SPRに就職というのは、未だに安定しない能力ながらも十分にナルの興味を引き、直々に話が出た事だった。
正式な辞令は高校卒業後、大学に行きたければ反故にすればいい、としれっとしながら云うナルに、ナルの癖して難しい日本語使ってるなぁ、と思いながらも麻衣はそれを承諾した。
就職をした所で、この事務所や調査で麻衣がやっている事は大して変わりない。が、正式な辞令が出された時は本部へ赴き、形式的な何をしなければならないと思うと少し億劫に感じ、ナルのように自分の眉間に皺を寄せてみた。
そんな情景を思い出し、笑みを浮かべているとお茶を入れるために沸かしたお湯が沸いた。
学友達は今それぞれの道へ進む為の準備をしている。


***

「お待たせ~」
麻衣は手際よくお茶の準備をすると、来客用のソファに座っている綾子と滝川の元へと向かう。毎度の事ながらナルに皮肉られている「喫茶店」状態となっている。いつもの皮肉が飛ばないのはナルが旅行に出かけているからだ。双子の兄、ジーンが見つかった後でもナルは時々「旅行」と称してどこかへ出かけていく。
いつまでもそうしているといい、と麻衣はその「旅行」を心の中で歓迎をしていた。忘れるまで「旅行」をして納得して帰還してくればいい。
麻衣は自分が例え「忘れる為」に「納得する為」に「旅行」と称して何処かへ出かけることなんて出来ない事だと思っている。
忘れる事はー恋焦がれたジーンにしろ自分の両親にしろーとても出来る事じゃないと、そこにあるはずのない地図を広げる事はないと思っている。
その「旅行」から帰還するナルは、ご当地のお土産を手にとってくる。
「おーありがたいありがたい」
「ぼーさん、おっさん臭い~」
なむなむ……と手を合わせる滝川の言動に麻衣は笑みを含める。滝川のこういった言動は出会ってから変わらない。
「サンキュ。これ、リンの分?もっていくわね」
綾子は資料室に篭っているリンの分と自分の分を取り分けると、嬉々として立ち上がった。一瞬困惑した滝川と麻衣だが、麻衣の口が動くより先に滝川の口が動く。
「あらあら、ご熱心ですねー」
「まーね。結構可愛いのよー、リンって」
言葉の最後にはなにやら含みのある笑みを零してトレンチを持っていく。
綾子のこういう言動に関しては、勇ましいというか過去の実績をみてもー滝川や、ナル、ジョン、安原さんー図太いというか……
とにかく文句は言うが、どう転ぼうが綾子には関係ないのだろう。それに、磨きをかけるという意味ではここはバリエーションが揃っている。
「「……魔性……」」
麻衣と滝川は口を揃えて云うが、その割には実りがないので苦笑をする。


***


滝川と二人でお茶を飲む事になった麻衣は少し居心地の悪さを覚える。最近、滝川は一人でここへ訪れる事はなかった。
偶然か、待ち合わせをしてなのかは定かではないが、誰かしらと一緒に訪問する事がほぼだった。
そしてそれが綾子だったとしても、今のように席を外すという事が無かった為、久々に訪れた滝川との二人きりのー壁を隔ててはリンと綾子がいるのだがーはとてつもない緊張に襲われる。

あの時のタイミングが悪かったのだ。
時間を紡ぐ事の出来ないジーンとの完全な終わりを予期していた時にはもう麻衣は時間を刻みすぎていた。日々過ぎる世界を麻衣は感じ、思考も身体もそれに伴っていく。
少女趣味の夢は終わりだと。
もうそこにはいる事は出来ないんだと感じた時には、「ごっこ遊び」に余韻を残す事が出来なくなっていた。仕方がない、とジーンは云った。それは普通の事だとも。十六歳の、年を重ねないジーン。
夢、と云うには少し曖昧な出来事なのかもしれないが、確かにジーンは居てくれていた。例えばジーンが生きていれば、なんて愚問だ。最後になるであろうその時に、ジーンは正しく言葉を紡いだ。

「それは……とても良い事だね」

静かな終わりだった。先を見出す事の出来ないジーンに、未来への言葉を掛けられていたら、生を放棄する事が出来たかもしれない。糸を切ることは安易に出来ると、そういう事なのだ。

その日はリンもナルも揃って外出をしていた。
午後も過ぎた頃、自分のパソコンで事務処理をしつつ、誰かの訪問を待っていた。
いつも通りお茶をいれて、バカ話でもして、定時には帰宅すればいい。ドアベルが鳴ったとき、入ってきたのは滝川だった。
滝川は仕事帰りでも無いような軽装で明らかに遊びに来たという雰囲気だった。
「ぼーさん!」
「おーお疲れー」
いつものように挨拶を交わして、滝川は駆け寄った麻衣を抱きしめた。いつも通りの挨拶。特に滝川は麻衣に甘いと仲間内に云われているほどなので、そんな事は当たり前の様にその日もされた。

タイミングが悪かったのだ、と麻衣は思う。
正しい生活を細い糸で紡いでいた麻衣には、当たり前の抱擁だけでその正しさは崩れてしまった。
以前なら「セクハラ!」といって押しのける事が出来るものなのに、滝川の腕の中で固まってしまった。
「麻衣?」
滝川は優しい。特に特別な好意を向けられている事を麻衣は知っていた。だから麻衣もその好意に笑みを零して返す事ができていた。滝川の誠実さに答える事は出来ないし、滝川とは気持ちを紡ぎたいとは思ってはいない、と。
同世代の友人達の様に、曖昧な駆け引きをして、曖昧に傷ついていれば良かった、と麻衣は思う。
そこで号泣する事も、滝川の背中に手を回す事も間違っていると麻衣は固まった思考の中でぼんやりと思っていた。

――猫の話をしよう。
滝川は梅吉という猫を自宅で飼っていると云っていた。未だに実物を見たことは無いが「とても気が合う猫」だと云っていた。
麻衣は滝川に抱かれるであろう「梅吉」にとても親近感を沸かせていた。
会った事も触った事もないのに、抱かれるという共通点を誇らしく、それでいて同じだと思った。
抱かれた梅吉は滝川のあの胸に自分の鼻をすりすりと擦りつけるに違いない。


***


居心地の悪さを破ったのは滝川だった。
「……急に大人になるんだなぁ~」
「……なに、ぼーさん。急に。一気に老け込んだ発言……」
お互いに頬の筋肉が硬い様に思う。普通に話そうとしてもどことなく硬い感触。
「いや、麻衣がさ、出会った頃からだいぶ大人になったなぁって……」
「当たり前だよ。もう今年で高校は卒業するし、ここに就職だし……」
麻衣の笑い方がとても果敢なく見える。滝川は麻衣に起っていたそれを以前に酒の場で「ここだけの話」として綾子から聞かされていた。
(ここだけの話)
滝川は紅茶を一口含むと、ゆっくりと喉に流した。少し冷めた、麻衣のいれた紅茶。
(甘え下手め……)
麻衣はまだ冷めていないのだろうか。
手にしていたカップを、テーブルの上に置いたと同時に、資料室の扉が勢いよく開かれた。
二人分のカラになったカップを乗せたトレンチを持った綾子とその後をリンが追って出てくる。
「ねぇ、そろそろ食事行かない?」
既に時間は十九時を回っており、滝川に異論はなかったが麻衣だけは立ち上がると手を合わせる。
「ごめん、まだ片付いてない仕事あるんだよね」
綾子は大げさにため息をつく。
「……仕事は時間内に済ませておくものよ。要領が悪いわね」
「だってさ、ナルってば出かける間際になってまとめておけーって云って置いてくんだよ。後々の事考えると今の内にやっといたほうが懸命じゃん」
「あ、そう。まぁ、あたしがやるわけじゃないしね~。頑張って頂戴」
「薄情者~」
「あはは。で、ぼーずはどうする?」
話を振られた滝川は少し考える。
「あー、俺もいいや。お二人で楽しんできて頂戴。嬢ちゃん、遅くなるようなら送ってく」
麻衣は滝川の誠実な言動に心の中でため息をつく。結局のところ、滝川は紳士的でそれに反する言い訳など麻衣にはないのだ。


***


麻衣の打つキーボードの音を横目に、滝川はソファに座りなおし、じっと音が終るのを待っていた。規則的に動く何の感情も伺えないその音にまるで麻衣の代弁を聞いているように思えた。
少し物事の運びを乱暴にしてしまったのかもしれないと、滝川は思っていた。麻衣に時間が必要な事ぐらい知っていたはずなのに、未だに解かれていないジーンとの繋がりが見えて滝川を急かす。
自分とジーンではまるで立場が違う。年齢や思考、逝ってしまってる者と育(い)きている者。そして麻衣の細くて柔軟性のある部分を埋め尽くし、全身の信頼を置いて居た者…。
語りだしたらきっと色んな部分にジーンは当てはまり、きっちりと麻衣の敏感な部分に浸透していくのだろう。
滝川には生きていない者へ対する「恋心」という執着にまったく理解が出来なかった。
ジーンとは始まりではなく、既に終ったものの延長でしかない。ましてや潜在能力の持主でもある麻衣は感情を囚われてはいけない。もしその感情を囚われてしまったら、今度囚われるのは相手なのだ。
相手は“生きていた”人間で、麻衣に触発されて“生きたい”と切に思う感情が芽生えたとしても過言ではない。ハイリスクを背負ってまでも、命がけの様な恋をして、終った今でも麻衣は焦がれている。
「ぼーさん……」
既にパソコンの電源は落とされ、帰り支度を済ませた麻衣が立っていた。早く帰ろう、という麻衣に滝川は急き立てられる気持ちに押さえが利かなかった。
物事が急速に進む。
それを紡ぐ言葉があったとしても今は意味を持たない。元々物事を紡ぐ以前の問題で、ただ麻衣を解放させたかった。何を持って解放とするのか、果たしてそれは自分の役目なのか、そんな事が滝川の頭の中で巡っている。
麻衣を抱きしめた途端、思考は途切れ、本質的な感情が滝川を覆い尽くす。滝川に抱きしめられた麻衣はその行動に身体が強張り、身動きがとれないでいた。
「……お願い、やめて」
くぐもった声で麻衣が言う。滝川はそれを自分の胸元で感じ、麻衣の両肩を覆い尽くしている手に更に力を込めた。情けないぐらい感情が零れている、と滝川は思っていた。こんなやり方はフェアではない。一方的な押し付けではないのかと今になって思考が動く。
「麻衣」
滝川は動いた頭で一つ言葉を発してみる。それがあまりにも柔らかい響きだったので、麻衣は滝川の胸元に腕を立たせ、引き離そうとする。
「……っやだ、聞きたくないよ」
もがいて、隙を突けば叩いて、引き離して、引き戻されて、滝川の腕の中で麻衣は嗚咽を零していた。滝川は麻衣の肩を軽く叩くと、片膝を折り麻衣の目線に合わせる。
目だ。その目だ、と麻衣は思う。
麻衣の身長にあわせ、屈んだ滝川の目と麻衣の目は対極になる。ゆっくりと瞬きをする滝川の目は明らかに意図的に閉じたり開いたりしている。
諭すような、合い掛けるような。
(やだ、猫じゃないんだから……)
麻衣は自分の心臓が痛いぐらいに飛び跳ねているのをとめたかった。両腕が滝川に捕まれていなかったらすぐにでも逃げ出して自宅へと帰りたかった。
「……ナルはね、ジーンを探していた時と同じように“旅行”に行くの」
「そうだな」
「でもね、違うの」
(ナルの地図は広がってる)
「変化が怖かった。あたしもいつかはナルみたくなるんだって……」
(あたしはいつでも夢を……)
「ジーンとあのままでいたかったのに、あたし自身がそれを許せなかった」
(いつでも夢を)
「忘れたく、ないの」
滝川の腕の中でしな垂れながらも麻衣は虚勢を崩さない。
「ナルみたくなれない。なりたくない。あんなやり方で忘れるなんて出来ない。納得、なんて出来ない…」
(「納得」だなんて)
「……わかってる。わかってるよ、麻衣」
「……旨く、言葉に出来ないよ…」
(もうそう思った瞬間に…「納得」する為だけにぼーさんを拒否しているんだったら…)
「オレだったら、あげられると思うけど?その、…言葉に旨く出来ない部分」
「……」
「どうする?麻衣」
麻衣は滝川の大きい身体に包まれた時の事を思い出す。一つ一つの動作がゆっくりとスローモーションがかり、麻衣の身体を覆い尽くす。


まるで食されているようだ、と思った事。
滝川の前では自分はすっぽり包まれてしまう、という事。
自分にも帰還する場所があったのだ、という事。


「絶対、鼻水ついちゃう……」
麻衣は未だにぐずぐずといっている自分の鼻を左手の甲で隠しながらも目は目指す先を定めていた。
「いいよ」
梅吉はよくここに鼻を擦り付けてくるんだ、と微笑みながら滝川は云った。